ステキな金縛り

 『ステキな金縛り』を見て、三谷幸喜の腕が落ちていると感じてしまった。彼は現在の日本で唯一〈以前〉の映画を撮ることができることの監督なのに……。

 三流弁護士が起訴された男の無実を晴らすために落ち武者の霊に法廷で証言してもらうために奔走する話なのだが、毎度のごとくキャストがえらく豪華である。主要人物役には深津絵里西田敏行阿部寛などの豪華俳優陣を取りそろえ、戸田恵子篠原涼子生瀬勝久中井貴一などが脇を固める。彼らは三谷幸喜作品の常連俳優たちであり、彼らは三谷幸喜独自のスター・システムに組み込まれている。
 舞台出身とだけあってCGではなくセットにこだわる三谷監督。今回の法廷のセットも日本を代表する美術監督で、『THE有頂天ホテル』や『ザ・マジックアワー』も手掛けた種田陽平によるもので「どこかにありそうだけど誰も見たことのない微妙なさじ加減の法廷セット」となっている。
 
 興業的にも成功させてきてお金が回収できるものをつくると認定された三谷監督は、このような恵まれたスター・システムと撮影セットを使える環境で、つまり撮影所システムが崩壊する〈以前〉のような環境下で撮影することが許された希少な監督なのだ。

 しかし、その三谷監督の栄光も『THE有頂天ホテル』を頂点に緩やかに下降しているように見受けられる。映画監督として彼はずっと先の見えないテンポの速い華やかな群像劇コメディを撮り続けてきた。今回の『ステキな金縛り』はといえば、今回もコメディ路線で攻めているはずなのだがどこか陰りがあるのだ。
 三谷監督は映画監督としては群像劇コメディをかましながら、脚本として関わっている『12人の優しい日本人』や『笑の大学』はどちらかといえば特定の場所のみを使った少人数先鋭の密室コメディが主流である。今回の『ステキな金縛り』のメイン舞台は法廷である。つまり、お得意の群像劇コメディよりも、法廷という限られた場所をいかに使うかという密室コメディの方がこの映画の舞台にはおあつらえ向きだったのだ。(思えば、『12人の優しい日本人』も『笑の大学』も法関係の施設が舞台となっている。)しかし、彼はあえてそこで群像劇コメディをやることを決めた。

 それが結果、功を奏さなかっただけである。いや、面白いという意見も多く聞かれるので求めすぎなだけなのかもしれない。しかし、せっかく〈以前〉の映画を撮れる唯一の監督なのだがら、自分が以前書き換えた面白さをどんどん上書きしていってもらいたいのだ。(増田景子)


2011年10月29日ロードショー