父性の誕生

 現在、「○○系男子/女子」という言葉が世間で大量に作られ消費されている。この「○○系」造語のブームのきっかけとなったのはやはり「草食系男子」ではないだろうか。恋愛に消極的で、あまり男らしくない男性(世間一般的に言われる「男子」世代だけではなく20~30代の「男性」も指してしまうという点もこの「○○系」の不思議なところである)を指している。昔ながらの「強い男性」像がゼロ年代に崩れ、ゼロ年代後半から「草食系男子」という言葉が生まれたかのように思われるが、実はそれ以前から、いや、むしろ日本にはそもそも「肉食系」な強い男性はいなかったのだと主張する本がある。鈴木光司の『父性の誕生』だ。

 この本は2000年に角川書店から発売されている。もちろん、当時男らしさの欠如した「草食系男子」も(少なくとも言葉としては)存在していない。しかし、この本は日本人の父親における「父性の欠如」という問題から本論をスタートさせる。この本で父性とされるのは「強く、たくましく、少し頑固」な父親像である。鈴木は2000年の段階で日本の父親には男らしさを感じさせるような父性が欠如しているということを述べるのである。集団の和を重んじる日本人にはそもそも強い自我をなえておらず、個よりも、自分の家族よりも、共同体を優先する。村八分や戦後の隣組を例に出し、日本には伝統的に「男らしさ」を備えた父性というものがないというのだ。仕事を優先し、家庭内の問題から目をそむける情けない父を前に崩壊していった家庭や、非行に走る少年たちの事例を挙げ、さらに日本と西欧の小説や映画を比較することで、日本古来の「父性」のなさを浮き彫りにしていく。

 本書は後半でこのような父性の欠如への解決法を提示していくこととなるが、それはぜひとも直接本書を読むことで確認していただきたい。特に「脱草食系」をしたいと思っている人には手掛かりになるかもしれない。

 この本が出版されてからもう10年以上も経つというのに、日本では今さら「草食系男子」という言葉がメディアでも日常でも飛び交っている。父性の欠如が叫ばれ続けた結果、日本ではどうやら、マッチョでない男性を受け入れ始めてしまったらしい。いや、別に元から「男らしさ」というのは日本の土壌に合わないのだから受け入れて当然なのだろうが、だったらせめて「男子」とか「女子」とか、精神的に子供だからと言い訳する様な単語を使わなきゃいいのに、とも思ってしまう。せめて10代までじゃないだろうか、その単語を使って良いのって。現代の日本に「草食系」な男性がいるのはさして問題ではないだろうが、「男子/女子」な大人がいるというのは少し異常な状況であるように感じる。(江川美樹子)

父性の誕生 (角川oneテーマ21 (A-1))

父性の誕生 (角川oneテーマ21 (A-1))