新宿にログインしました。

 インターネットのサイトにアクセスする際、アカウントを取得しなければならない場合があります。でも最近考えるんですよ、現実の世界においてもどこか馴染みがない場所に行くためにはアカウントが必要なんじゃないかって。特におしゃれな都会なんかはそれが顕著な気がします。
 例えば旅行とか観光とか、大義名分があれば地図を持ちながら街をキョロキョロ歩くことはできますが、大した理由もなく街を散歩するのはなんか難しい。いや、散歩するための場所だったら違いますよ、公園とか。そうじゃなくて、東京のおしゃれな街(例えば渋谷とか原宿とか)だった場合、自分の楽な、気の抜いた服装で歩くのはやっぱり難しい。ネット上でよく言われる「服屋に服を買いに行く服がない」状態になると言いますか。おしゃれエリアを堂々と歩く人たちに、「ダサい」「キモい」等思われているのではないかとネガティブな考えが先行してしまってどうも恥ずかしくなってしまうのです。その場に溶け込める服装がない以上、そこに行かなければならないという理由がなければ外になんか出たくありません。そしてその理由こそが現実世界におけるアカウントではないかと思うのです。

 だから東京に行くのは今でもなんか苦手です。都会人でごった返す街を歩くのはおのぼりさんの私にはとてもキツイ。自分がその場にそぐわない人間のように感じるのです。
 まあでも、都会の街に対するあこがれももちろんあります。休日、都会の街に繰り出せる人間にもなりたいのです。
というわけで、多くの人が最も取得しやすいアカウント、都庁への観光という大義名分のもと、今回は新宿を歩いてみたいと思います。
 なんで都庁かというと、今年はスカイツリーの完成も間近ということもあり高いところへの欲望が高まってきた、というミーハーな理由からです。お金がない学生にはありがたい無料の展望台。おしゃれな都会の街を、おしゃれな都会人を見下ろすべく、私は意気揚々と新宿にログインしました。

 さて、新宿に到着。
 新宿駅はダンジョン、ともよく呼ばれますがやはりその名に恥じない広さを誇っていました。時間には十分な余裕を持っていましたが、基本的になれない場所だと一度は迷うので携帯の地図アプリをさっそく起動。 多くの人とすれ違い、ぶつかりそうになりながらも都庁に到着。2か所ある展望台のうち、最初は北展望台へ登りました。
 40階越えの展望室を目指すべく、エレベーターはおよそ1分をかけ上昇していきます。そのエレベーター内で子供が「耳が痛い」と泣きだし、親はそれをなだめていました。確かに急激に高いところへ登るので、気圧の変化から耳の中に少々圧迫感があります。本当ならこんな人間は高い所にいくべきじゃないのかもしれません。この耳の痛みからもわかるように、少なくとも高所に適した身体ではないのですから。
 さて、お待ちかねの展望室に到着です。カフェとお土産屋以外は特に何もなく、窓辺に双眼鏡とかも備え付けてありませんでした。まあ無料ですし、窓の外を見てそれも納得できました。取りたてて拡大して見たいものもなかったのです。
 窓から見下ろす街は建物でごちゃごちゃしていましたし、遠くに立ち並ぶビル群も双眼鏡を使ってみるようなものでもありませんでした。何と言うか、日本の街並みって海外に比べごちゃごちゃしすぎている気がします。新宿の街は上から見下ろすと「車!」「道路!」「ビル!」「ビル!」「ビル!!!」といった感じでした。
 せっかくなので南側の展望室にも行ってみることに。一度一階まで下りて、別のエレベーターに乗りなおさなければならないのは少々面倒くさく感じました。エレベーターの中では再び別の子供が「耳が痛い」と泣いていました。子供はいつも正直なものです。
 南側の展望室も取りたてて変化はありませんでした。ただ、海外からの観光客が多かったです。高い場所というのは世界共通でなぜこんなにも人を引き付けるのでしょうか。アメリカの自由の女神、イタリアのピサの斜塔……人々はその地に訪れ、機会さえあれば登ろうと試みます。旧約聖書バベルの塔の逸話では、人間が高みを目指し神の逆鱗に触れ様々な言語が生まれたとされていますが、現在でも高い所というのは多くの言語で溢れているような気がします。

 都庁の展望台をおり、せっかくなので新宿紀伊国屋本店を目指すことに。が、その前に少し疲れたのでお茶にしようと、紀伊国屋近くのマルイの2階にある某カフェチェーン店に入ったのです。今思うと、これが今回の新宿歩き唯一の失敗でした。
 お昼と15時の間の時間に入ったためか、店内は賑わっているものの無事座ることが出来ました。冷たい飲み物で喉をうるおし、ほっと一息をついたところで、店内を見回しあることに気付きました。――そこは俗にスイーツ(笑)と呼ばれるような女の子たちで溢れかえっていたのです。
 よくよく考えてみれば当然のことなのです。東京の、有名な駅の近くの、しかもマルイなのですから。店内の女の子率はざっと9割、うち6割ほどは小花柄の洋服を着ていました。
 小花柄。最近流行っていますが、あれは実はかなりの曲者であると私は考えています。なぜならちょっと間違えれば完全にオバサンくさくなる代物だからです。ショップで展示されている時はイイ感じにコーディネートされ、イイ感じな店員が着用していますが、単体で見ると驚くほどダサい。もちろん化粧気がない女の子が着てもダサい。しかるべきメイクを施したファッションセンスのある女の子しか着れないものなのです。
 それなのに店内の女の子たちは小花柄を見事に着こなし、楽しそうに恋バナしていました。強調しておきますが、小花柄を着こなすにはそれ相応の顔にならなければならないのです。多くの女の子が似たようなメイクをほどこし、似たように可愛くお茶しているその空間は、個性が叫ばれる時代にも関わらず恐ろしく無個性な場でした。
日本においてその場に馴染めないものはどうしても浮いてしまう宿命にあります。子花柄を着ているわけでも綺麗にメイクをしているわけでもない私が、そんな中に溶け込めるわけがない。この店に限っては、「小花柄を着こなせる」というアカウントが必要だったのに残念ながら私はそれを取得していませんでした。私はマンゴーの可愛らしい飲み物を買ったことを後悔しながら、そそくさと店を後にすることしかできなかったのです。

 おしゃれカフェの洗礼を受けたその後、紀伊国屋新宿本店へ向かいました。さっきのカフェと比べ何と落ち着くことか。
 広い店内を一周し、東野圭吾の『仮面山荘殺人事件』を購入後、カフェで精神をすり減らした私は新宿をログアウトしました。
 購入した本は家に帰りその日のうちに読み終わりましたが、ネタが命のミステリの感想を言うのも野暮なのでここでは控えさせていただきます。


 とにもかくにも、久々の東京でしたが観光としては面白かったです。今後も永続的なアカウントを取得できる気はしませんでしたが。
 しかしまあ、苦手なら苦手でむしろ飛び込んでみた方が良いのかもしれませんね。渋谷とか原宿とかにも潜ってみるべきなのかしらん。しかし、そうだとしてもアカウントがなければ入り込めないたちなので、またネットでいい理由を見つけてみようかと思います。(えむこ)

東京都庁とは編集

仮面山荘殺人事件 (講談社文庫)

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