カツラーの妻(おんな)たち

カツラをつけるということ――それは頭髪がさみしくなった男、いわゆる「キテしまった男」にとって人生の一大事だ。その名もずばり『カツラーの秘密 』にて、スポーツライターとカツラー(カツラをつける人)という二足のわらじをカミングアウトした著者小林は、これまでも当事者をはじめとするさまざまな角度からカツラを取りつけて、もとい取り上げてきた。しかしカツラーであることは本人だけの問題ではない。カツラーの苦悩は家族の苦悩でもある。そんなカツラーのパートナーたちの、カツラーとはまた少し違った悩みの告白を集めたインタビュー集が、この『カツラーの妻(おんな)たち』だ。
冒頭のほのぼのとした「それがどうしたの?」のエピソードは我々を安堵させる。正直言えば、女の人にとって惚れた男がハゲ or not ハゲなんてどうでもいいことなのだ。ただ同時に、ハゲやカツラだとわかっている男にわざわざついて行こうとする女もいないわけで、何事も順序が大切というところ。
一方彼女や妻にとって「どうでもいいこと」であるがゆえに、生え際の非戦略的撤退を前にカツラーデビューを志願する男たちを、彼女らは「みっともない」と必死で食い止める。中にはカツラがもとで夫婦仲に深い亀裂が残ってしまったという悲惨なケースもある。頭皮とカツラの密着を気にするあまり、夫婦の気持ちが離れてしまっては目も当てられない。
また、妻たちを悩ますのはカツラによる家計の圧迫だ。カツラーになってみないと知るよしもないが、実はカツラは高級品らしい。実用的には3着あると便利だが、それだと100万くらいかかるというのだ。軽が買えるぞ。本書には子供の頃から体毛が濃いという悩みを抱え、早く永久脱毛をしたいのに夫のカツラのローンのせいでできないという悲劇のヒロインな妻も登場。「薄くなりたい妻」と「薄くなりたくない夫」——ああ、なんという愛のすれ違い。
従来の<不自由なカツラ>ではない<快適なカツラ>も紹介してくれる本書。家族のためにカツラを置くか、我を通してカツラー道を邁進するかは、一国の首相と同じ。何事も引き際が男の器を決める、ということだ。(I.Y)
amazonより転載)